戸田城聖全集 第二巻、絶版のため、その内容をブログで閲覧できるようにいたしました。(昭和30年代における質疑応答です、その点を考慮して閲覧してください)なお今の時代にそぐわない問答は割愛しています。
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[質問]:戒壇の大御本尊様のお文字と、われわれがいただいている御本尊様のお文字の形に相違が見られますが。また世間のふつうの字と、御本尊様のお文字とは、南無妙法蓮華経の法の字だけは同じで、あとは違うのはどういうわけですか。



七百年前、日蓮大聖人様には、当時六老僧といって、六人の高弟がおられましたが、そのなかで、ただ日興上人お一人に、いっさいのものをお譲り渡しになっています。それが、堀米日淳六十五世猊下まで、血脈相承(けちみゃくそうじょう)といって、

われわれの御法主上人に、法水の容器は違うが、その内容は一滴ももらさずに伝えられてきているのです。だから御法主上人だけが、御本尊様をしたためることのできる方なのです。

御本尊様を信心のない人が拝めば、なんだ紙きれに字が書いてあるだけではないか、ということになります。だが御本尊様は、紙片でもないし字でもないのです。仏様だと信じて拝むのです。

私たちは仏様の子であり、弟子であり、家来でもあります。だから、困ったときに御本尊様によって守られないわけがない、諸天善神に、守られないわけがないでしょう。仏の子ですから、どんなわがままな願いでも聞いてくださる、育ててくださる。しかしこわい、そして慕わしい、そういうのが御本尊様です。

けっして、紙でも字でもないのです。御本尊様の字にはひげがあるとかなんとか考えないほうがよいと思います。

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